胆沢扇状地の歴史、 岩手県 奥州市 2018 / 7 / 6
胆沢扇状地が100万年かけて形成されたと最近知りました。 これを調べるうち、興味深いことに
気づきました。 岩手県では、"堰"が小さなダムではなく水路を意味するのです。 周りの人々と話して、
この単語に違和感を感じていました。 念のため、田野畑村と大槌町の友人に確認すると、この語は
水路や沢水を指すと判明。 盛岡にある県立図書館係員に電話して尋ねると、「それは水路です」 と。
この調査で得た資料を基に胆沢扇状地の生成に関する 1分31秒長の
H264/HEVCファイルを作成:
下に絵が出るまで かなり時間がかかるかも。
出なければ、mp4プレーヤーを導入してください。
↑標準規格30p: H264-722x406p30-2Mbps-25MB.MP4↑
中規格30p: HEVC-1280x720p30-5Mbps-64MB.mp4 (要 H264/265プレーヤー: 例)**
**左クリックで鑑賞不可なら、右クリックでダウンロード保存したファイルを鑑賞してください。
2018/8/27追加:
上記ビデオの中で、本扇状地を形成したのは胆沢川だと断定している。 奥州市在住の阿部 恵彦氏によると、
「胆沢川は太古の昔から ほぼ同じ場所に留まっている。 該扇状地は断層運動により形成された。」
国立国会図書館のレファレンスデータベースは 前記用語を方言だと指摘しています。
この指摘に従い、1. 現代日本語方言大辞典の第6巻、2. 全国方言辞典の1975年版、
3. 分類方言辞典の1974年版、そして 4. 日本国語大辞典の第7巻すべてを調べました。
これらに共通して、東北地方と長野県で "堰"は水路を意味します。
さらに、ネットで調べました。 秋田県の仙北市若松堰、雄物川山城堰、また田沢疎水土地改良区では
小さなダムを。 一方、同県の玉川松倉堰と秋田市仁井田堰では水路を指します。 このように秋田県の
多くの場所で小ダムを意味するようです。 宮城県仙南地域はダムを意味し、恐らく宮城県全体で
ダムを指すと私は感じます。 また、青森県(1、2、3)でも、山形県(1、2、3、4、但し5はダム)でも、
福島県(1)でも、ほとんど水路を指しています。 したがって、秋田県と宮城県を除き、東北4県で
"堰" = 水路です。
また、長野県(1、2)と群馬県(1、2)も農業用水路です。 ただし、長野県岡谷市の友人はダムだと。
このように、青森、岩手、山形、福島、長野、そして群馬の6県では、"堰" = 水路でしょう。
胆沢扇状地の開始地点である胆沢ダム近辺に、300年以上前に構築された穴山堰が保存されている。
これは2001年に胆沢平野土地改良区が発行した胆沢平野、水と土地の物語(ネットのココで簡潔に紹介)に
詳しい。 1km弱部分が保存されており、また穴堰(トンネル形状)の一部が公開されている。 この書によると、
記録文書で判明しているのは (1) ある文書によれば、(1220年代の人物である)照井三郎が穴山堰を
開墾した; そして (2) 1699年に"馬留穴堰"と表記され作られた図を1857年に模写したとされる図面が
"穴山用水堰として"残っている。 したがって、確実なことは17世紀末に穴山堰が存在していたことです。
このことを基に、「300年以上前に穴山堰が構築された」と私は説明しています。